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横浜地方裁判所 平成11年(ワ)2236号 判決 2000年12月01日

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、1,000万円及びこれに対する平成10年6月6日から支払済みに至るまで年30パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴

1  原告

(一) 被告(反訴原告。以下、「被告」という。)は、原告(反訴被告。以下、「原告」という。)に対し、別紙連帯根保証目録記載の連帯根保証債務、及び別紙物件目録記載の建物についての別紙根抵当目録記載の根抵当権が存在しないことを確認する。

(二) 被告は原告に対し、別紙物件目録記載の建物について横浜地方法務局港北出張所平成10年4月8日受付第16619号をもってされた根抵当権設定仮登記の抹消登記手続をせよ。

(三) 被告は原告に対し、173万円を支払え。

(四) 訴訟費用被告負担

(五) (三)、(四)について仮執行宣言

2  被告

(一) 請求棄却

(二) 訴訟費用原告負担

二  反訴

1  被告

主文第二、三項同旨

2  原告

(一) 請求棄却

(二) 訴訟費用被告負担

第二  事案の概要及び争点

一  事案の概要

本件は、原告が、有限会社A社(以下、「訴外会社」という。)のため、被告に対してした連帯根保証について錯誤による無効又は詐欺による取消しを主張し、また原告所有建物に根抵当権設定仮登記のされている根抵当権を設定したことがないと主張し、連帯根保証債務及び根抵当権の存在しないことの確認、右根抵当権設定仮登記の抹消登記手続、並びに不法行為として弁護士費用を請求するものであり、これに対し、被告が反訴として右連帯根保証による保証債務の履行を請求するものである。

その事案は次のとおりであり、右事実は当事者間に争いがない。

1  訴外会社は、平成10年3月31日、被告から300万円を借り入れた(以下、「本件借入」という。)。

2  原告は、同日、被告に対し、訴外会社のため別紙連帯根保証目録記載の内容の連帯根保証をした(以下、右の根保証契約を「本件根保証」という。)。

3(一)  原告を設定者、被告を根抵当権者、訴外会社を債務者とする別紙根抵当目録記載の内容の根抵当権を設定する契約書がある(以下、右の契約書による根抵当権を「本件根抵当権」という。)。

(二)  被告は原告の所有する別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という。)について横浜地方法務局港北出張所平成10年4月8日受付第16619号をもってされた本件根抵当権の設定仮登記(以下、「本件仮登記」という。)を経由している。

4  なお、被告の支配人のした訴訟行為について、原告がその支配人の権限を争ったが、被告に弁護士である訴訟代理人が選任され、従前の支配人の訴訟行為を追認したので、右訴訟行為の効力についての争いは解決した。

二  原告の主張

1(一)  原告は、平成10年3月31日、本件借入について訴外会社から連帯保証することを求められて行った同社の事務所で、被告の融資担当者から乙第1号証の契約書を差し出され、限度額1,000万円の連帯根保証債務の承諾の意思表示を迫られたが、直ちに断った。ところが、被告担当者が訴外会社が借入金を返済することは確実であり、万一返せなかったとしても、他に担保物件提供者が3人いるから、最悪の場合でも被告の負担は250万円で済むといって、訴外会社の資力、他の担保提供者の担保価値によって原告が保証債務の履行することになるのはほとんどなく、仮にあったとしても250万円の限度であると保証したので、原告はこれを信用して本件根保証をした。

(二)  しかし、訴外会社は、本件借入の当時、既に債務超過の状況にあって被告に対する債務も既に1,000万円以上あり、しかも他に担保物件提供者は存在せず、同年4月6日に不渡りを出し、代表者はそれまでに夜逃げした。したがって、本件根保証には要素の錯誤があり無効である。

2(一)  本件根抵当権の設定契約書である乙第15号証は、原告が署名した覚えがなく、同書証の原告の住所氏名はカーボン複写による文字であり、原告が直接署名したものでなく、何らかの方法で原告の筆跡を同書証の上に置いてボールペンでなぞり、カーボンコピーにより作出したものである。

また、原告名下の印影は同人のものではあるが、同人が押捺したものではない。当該契約日は原告が月末で非常に多忙であったため、訴外会社代表者甲山二郎と被告の営業担当者を信用して印鑑を預けて次の仕事に立ち去っており、原告は本件建物の権利証、登記簿謄本を持参していないし、根抵当権を設定するとの説明を一切受けていない。原告は本件借入の保証のために訴外会社の事務所に行ったもので、根抵当権の設定の要請を受けても承諾するはずがない。乙第15号証は被告の営業担当者により偽造されたものである。

したがって、本件根抵当権は存在せず、本件仮登記も無効である。

(二)  仮に、原告が本件根抵当権を設定したとしても、前記1(一)の事情により右設定には要素の錯誤があり無効である。

3  被告は、訴外会社に対する債権を回収する手段として、訴外会社に本件借入の300万円の追加貸しすることを誘い水として、原告が事情を知らないことを奇貨として、連帯保証人になるように訴外会社に説得させてその事務所に原告を連れて来させ、原告に前記1(二)の虚偽の事実を信じ込ませ、本件根保証及び本件根抵当権設定の意思表示をさせた。被告は、本件借入後の4日後の訴外会社の不渡りとその代表者の夜逃げを当然予期していた。

しかも、被告は、平成10年4月8日付けの通知書により、平然と原告に本件根保証の履行を請求した。驚いた原告が被告に訴外会社の不渡り及びその代表者の夜逃げの原因、他の物上担保提供者3名の住所、氏名を尋ねたところ、訴外会社が被告に対して1,600万円位の借入があり、他の物上担保提供者はいずれも既に個人破産をしていると説明した。

本件根保証及び本件根抵当権は、被告の欺罔により原告が錯誤に陥ってしたもので、被告は本件の訴状で右の意思表示を詐欺により取り消す。

4  原告は、被告の欺罔行為により本件根保証及び本件根抵当権の意思表示をさせられ、本件仮登記を経由させられたことにより、財産の違法な侵害を被った。その侵害の回復のため原告訴訟代理人に依頼して、平成11年5月26日付の書面で、被告に本件根保証の無効確認及び本件仮登記の抹消登記手続を要求したが、被告は訴外会社に1,600万円の貸金が残っているとして、原告に1,000万円の支払いを要求した。そこで、原告はやむを得ず本訴を提起した。

そのため、原告は原告訴訟代理人に着手金及び成功報酬を含めて173万円を支払うことを約束した。これは被告の不法行為により被った相当因果関係のある原告の損害である。

5  よって、原告は被告に対し、本件根保証及び本件根抵当権が存在しないことの確認及び本件仮登記の抹消登記手続並びに不法行為に基づく損害賠償金173万円の支払いを求める。

三  被告の主張

1  原告は、被告と訴外会社との金銭消費貸借等の継続的取引を担保するため、本件根保証をし、根保証金額及び本件根保証の内容を承諾する旨の書面に署名、押印をして被告に差し入れた。同時に本件建物に本件根抵当権を設定した。

2(一)  被告は、訴外会社に次の金員を利息日歩7銭5厘、損害金年40,004パーセントの約定で貸し付けた。

<1> 平成10年1月23日、300万円を弁済期同年3月5日

<2> 同年2月20日、500万円を弁済期同年4月5日

<3> 同年3月20日、300万円を弁済期同年5月5日

<4> 同年3月31日、300万円を弁済期同年6月5日(本件借入)

(二)  なお、被告は、訴外会社から平成10年3月6日に<1>の貸付金の元金100万円と利息の合計106万0,200円の入金があったので、同貸金の元本は200万円となっている。また、その後に、連帯保証人の乙山五郎が平成11年5月13日に148万9,965円を、同年6月30日に訴外会社の売掛金から114万6,595円の配当を受けている。

(三)  よって、被告は原告に対し、反訴請求として、本件根保証に基づいて元金1,000万円及びこれに対する最終弁済期の日の翌日である平成10年6月6日から支払済みに至るまで年30パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

3(一)  被告と訴外会社の取引は、平成10年1月23日から始まったが、同社の資本金1,350万円、月商3,500万円から4,000万円、創業昭和53年、従業員42人の運輸業を営む法人で得意先に株式会社リクルート等があり、被告以外の商工ローンからの借入は約2,000万円あるとのことであった。被告は、商工ローンからの借入が月商の約半分であることから、与信可能と判断して貸付けをしたが、平成10年4月に不渡りを出して事実上倒産した。

(二)  訴外会社の不渡りは被告にとっても不測の事態であり、4月初旬に訴外会社との連絡が取れなくなり、原告に連絡を取り訴外会社について確認を依頼したところ、貼紙があり第三者が占有しているおそれがあり、代表者の所在が不明との連絡があった。このように、被告は訴外会社が本件借入の4日後に不渡りを出し、代表者が夜逃げすることを予想していたものではない。

(三)  被告は、原告から本件根保証及び本件根抵当権の契約書の他に根保証限度額を確認し、既存債務が1,000万円あって本件借入を含めると合計1,300万円の総借入額となること並びに本件根抵当権の設定内容を確認する書面の提出を受けて、原告からこれらに事実の確認を受けている。

(四)  被告の訴外会社の担当者であった丙野七郎は、平成10年3月27日、原告に電話で保証意思を確認し、併せて信用調査に必要な事項を問い合わせ、その上で審査をし、本件根保証を前提として本件借入を実行した。したがって、原告は本件根保証及び本件根抵当権を承諾の上契約をした。

四  争点

1  本件根保証についての原告の意思表示に要素の錯誤があるか。また被告の欺罔行為により原告が錯誤に陥り、本件根保証の意思表示をしたか。

2  本件根抵当権の成否。成立している場合に要素の錯誤及び詐欺により原告が意思表示をしたか。

3  不法行為の成否。

第三  争点に対する判断

一  <証拠略>並びに前記第二第一項の事実によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、訴外会社の代表者に本件借入について連帯保証を依頼され、平成10年3月31日、そのために訴外会社の事務所に行ったが、その2、3日前に被告の丙野七郎から保証人になることの確認の電話があり、その際同人は原告の信用調査のため、原告の年収、資産、家族構成等を確認した(争いがない。)。

2  本件借入の契約は、訴外会社の事務所でされたが、それと同時に本件根保証の契約もされ、乙第15号証の本件根抵当権の設定契約書にも原告は署名した。また、右契約書の原告名下の印影が同人のものであることは争いがない。

なお、原告が乙第15号証が偽造である旨主張するが、原告本人尋問の結果によれば同人の自署であることは明らかであり、また、同書面は、カーボン複写のものであるが、同号証を乙第14号証と対比すると、乙第14、15号証は、重ねて作成する書式となっており、本来は乙第14号証の直接記入した書式のものを被告が保管し、乙第15号証のカーボン複写した書式のものを主債務者等に交付する予定のものとなっているが、本件では、主債務者等に交付すべきものを被告が保管していたものと推認される。

3  被告は、訴外会社に前記第二第三項2のとおり本件借入を含めて合計1,400万円を貸し付けたが、その後に弁済された金額からみて利息、損害金を考慮すると、現在でもその元本が1,000万円以上残っている。

4  原告は、訴外会社の資力、他の担保提供者の担保価値によって原告が保証債務の履行することになるのはほとんどなく、仮にあったとしても250万円の限度であることを保証したので、原告はこれを信用して本件根保証をした旨主張するが、これを裏付ける証拠としては原告本人の供述しかない。しかも、その内容も「前の1,000万円に関しては保証人が5名いて、そのうち不動産を持っている人も3名ぐらいいて1,000万円に関しては心配ないと思いますよということで、台帳のようなものを見せて、その中に何人か私の知っている人の名前もありましたし、知らない人の名前もあったので、そうかということでした。まあ不動産を持っている人が、既に前の部分に関して保証しているから、私は250万円くらいで済むということであんまり関係ないんだという理解でした。手続上だけ必要なのかなというふうに解釈しました。250万円で済むという話も当日来てた営業担当の丙山さんが、これだけいるから4で割っても250万だから心配ないんじゃないですかというような口振りだった。」というもので、期待を表明したものと解され、また保証とは主債務者が履行しない場合に備えてするものであって、被告の担当者が保証をしたものといえるものではない。そして、本件借入の日に退職することになっていた証人丙山八郎は、右の保証をしたことがない旨証言している。

そして、原告が本件根保証及び本件根抵当権をしない場合には、借入ができなかったので、訴外会社の代表者の意向を受けて原告が本件根保証及び本件根抵当権をした。

5(一)  ところで、本件では、被告は平成10年1月23日から訴外会社に貸し付け始め、1回目の一部が弁済されただけなのに、3ケ月間に4回にわたって、300万円から500万円を貸し付け、しかも最後の本件借入から数日後に不渡りを出し、訴外会社の代表者甲山二郎もそのころ夜逃げをし、更に、被告は同月4日付書面で直ちに被告に本件根保証による保証債務の履行を請求し(争いがない。)、訴外会社と被告との取引について訴外会社と連帯して履行する旨保証をした甲山二郎その他の連帯保証人は、いずれも破産宣告を受けて、免責又は免責についての審尋期日の指定を受けている(弁論の全趣旨)とおり、本件借入、本件根保証及び本件根抵当権について不自然な点が見られないではない。

(二)  しかし、被告も訴外会社の信用調査をし、訴外会社が不渡りを出した当時に原告に同社の様子を調査して貰って報告を受けていること、原告の本件根保証及び本件根抵当権があって、はじめて訴外会社に本件借入の融資をしており、また被告は連帯根保証の契約書の書式からすると連帯根保証人には原則として既存の債務についても根保証を求めているところ、原告が前記第二第二項3で主張するような事情で被告が原告に本件根保証及び本件根抵当権の契約をさせたものとみることはできない。

二  前項の事実によると、原告が本件根抵当権を設定したことが認められ、また本件根保証及び本件根抵当権について原告主張の錯誤及び詐欺があるものと認めることができない。

したがって、被告の欺罔行為を前提とする原告主張の不法行為も認めることができない。

以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、被告の請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第61条を適用して、主文のとおり判決する。

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